勉強がそこそこできた。

自分には〇〇しかないんだ、と、言い切れるほどに他のことができなかったわけでもなく。
勉強はむしろ平均よりは出来るからこその、アート系表現系にみられる柔軟さこそ自分に欠けているものと感じ。

作るもの作るもの、ぎこちなく、面白みなく、憧れている道具の習得もさっぱり手応えなく、作るほどに虚しくなるような日々を過ごし。

ああ自分はつまらないやつなんだ、面白みがないとものは作れないんだ、あんなキラキラした素敵なものを作るには勉強なんか出来てても仕方ないんだ。むしろ勉強がそこそこできてしまうからつまんない発想しかできないんじゃないか?自分?

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なーんてことは、
1ミリもない!
まったくもって、そんなの勘違い。

勉強はできたら出来ただけいい。
なぜって?
勉強以外のことをするときに、こんなにも基礎になるものはない。
変換していけばいいだけなのだ、勉強で得た知識や考え方を。
世の中のみんなが測られてきた尺度の中で、できたら出来ただけ、これが出来ますと言えるものをたくさん持てる。

たくさん持っていれば、世界が広がる。
その世界というのは、文字通り地理的な意味でもあれば、分野や人のコミュニティの意味でもある。
信頼もしてもらえる。
初めましての人からの信頼を得られることは、本当に貴重なすごいことだ。

やれることが増える一方で、後悔することなんて何もない。
勉強は良いものだった。

だからありがとう、当時の、ノート開きながら窓の外見てため息ついてた自分。

そう言いたくなる日々にいられる、それは幸せなこと。